2008年10月19日日曜日

たまの東海岸と進水式ツアー07.11.13




平成19年11月13日  進水式と東海岸ツアー











柴田さんエー産業観光ツアーということで玉野東海岸から進水式のツアーご参加くださいまして


有難うございます。全員揃われたようですので



これから出発いたしますが、今回このツアーを主催しました玉野市観光協会の柴田と


もうします。






今日皆さんとご一緒させて頂きます。其れから他に協会からまいっておりますちょつと


ご紹介します。同じジャンバーを着ていますのですぐ判るとおもいますが、皆様とご一緒


させていただきます。何か御座いましたらご遠慮なくお申しつけください。


きょうは進水式がメインなんですけれども、それ以外でも玉野市内良い所が沢山ございます。


玉野市は海岸線が44キロメートル御座いまして非常に長いということで今日は東側を中心に


ご案内することにいたしております。お手元にいろいろと資料を入れておりますが、今日は


それを参考に楽しみながら見ていただこうと思っております。



(会員募集の案内カット)














藤原さんお早よう御座いますようこそ玉野へおいでくださいまして有難うございます。


今日は秋晴れのほんとに気持ちの良いお天気でよかったとおもいます。


エー玉野は初めてと言う方はいらっしゃいますか?




手をあげられた方・・・・?
ハッハッハッ玉野の方じゃありませんか


面白い方がいらっしゃいます。この観光ボランテアが始まりましてまだ半年ですネ


で本当にこういう格好のガイドというのは生まれたての赤ちゃんよちよち歩きが始まった


ばかりでお聞き苦しいところも多いかと存じますが今日 私 藤原 と










森寺さん森の寺と書いてもりでらともうします。
よろしくお願いします










藤原さん二人で迷うほうの迷コンビであたふたとすると思いますけれども、一番最後にフエリー


のところへ帰ってまいりましたら、フセリーセンターのことを説明してくださる大前さんと三人で


皆様のお供をさしていただきます。よろしくお願いいたします。












右に大きな工場が見えますけど、加藤・・マルカのてんぷら油皆様お名前を聞かれた


事があるとぞんじます。加藤製油でございます。パンダの模様がついている油ですね


玉野市内で大きな油屋さん工場です。昔からありますね




行きと帰りと道が違いますので、これを真っ直ぐいきます。



右手に見えますのがもう出来て10年くらいになりますかね玉野看護福祉専門学校です


最初短大だったんですけれど、いま4年制ができて沢山若い子がきておりますが


玉野の町は残念ながらすぐ駅の周りがシャッターを閉めたお店が多くて若い人の就職先


とか遊ぶ場所がないので、これから町おこしの課題としてがんばって行こうと思っている


ところです。






このあたりは昔宇高連絡船が出てた頃は操車線のあったところです。


ちょっと玉野市のご案内をしたいと思います





玉野市はあと2年すれば、市制70周年がまいります。




で岡山県の一番南に位置している気候温暖ないいところです



南側は瀬戸内海を隔てて香川県の高松市。船で行くことができます



瀬戸大橋がつきました時にはほんとにフエリーボートの利用者が激減しましたが


トラックの運転手さんなどは乗船中にお風呂に入ったり、食事休憩仮眠ができゆっくり


出来ますのでまたボツボツこちらへ戻ってこられる方もいらっしゃいます


しかし瀬戸大橋の料金が安くなればどうなるかなとチョッと怖い気がいたします


北は干拓地や児島湖を界にして灘崎今はもう岡山市灘崎になりました


皆様のお手元に地図を今お配りしたと思いますちょっとちっちやくて見難いとおもいますが


それを見ながらお聞きいただけたらありがたいです




東は国立公園の金甲山を中心として東児町岡山市に続いております丁度今日は


宇野駅を中心としまして東海岸のコースとなっております




西は国立公園王子ケ岳から倉敷市に隣接しています




今日は王子ケ岳へはいきませんが、頂上からみる瀬戸内海の景色はすばらしい


玉野市の広さは東西約15キロ先ほど観光協会の方が申されましたが東西に細長い街


ですネ 面積は88.2平方キロ岡山からは30号線を約25キロの所にあります


今日は徳島からもお見えになっていらっしゃるし井原からも  随分遠くから徳島

 からの方 朝何時からお出かけでしたか あッ 鳴門からですか











お客様高松まで1時間海上1時間くらい














藤原さん高速があるからはやいですネ 井原の方はどのくらいかかりましたか?










お客様2時間ぐらい














藤原さん2時間ですか ほんとに遠くから有難うございました




えぇ・・・今日は中蔵院という児島八十八ケ所霊場の1番札所ですネ



東のはしからはじまります






そのチラシも入っていますから、またお読みください




地図を指差していただいています






市制70年が近いのですが玉野という名前はまだまだ全国的に知られて無くて宇野と


いうとああ宇高連絡船が昔出てたなと。連絡船が昔出ていた場所は帰り道にあります


遺構もありますのでまたお示ししたいとおもいます。




人口がいまは6万7千くらいに減ってしまいました。




天災が少ない街と言われていましたけれど、3年前の昭和16年に高潮被害があり市の


中心部市役所商店街あたりが1メートルくらい浸水しまして23号では全国的に良いニュース


ではなかったのですが、山崩れがあって尊い5人の人がお亡くなりになりました。


しかし概して気候は温暖で果物もおいしいし住みよいところです



こころあたりはまた帰りにも通りますが野の浜と申しまして山田や1番札所のある北方


へ通ずる道なんですが右手の方をご覧いただけたら海の景色が美しく中国の西湖に


似ているといわれています。






関西方面からいらしてこの沿線に移り住みしゃれたカフェやレストランを経営して


いらっしゃる方が大勢おられます。






岡山方面からチラシを見たといってわざわざおいでになる若いお客様もいらっしゃいます


ここは大藪といいましておミカンで有名なところです。




大藪みかんてご存知でしたか甘くておいしんですよ




左に見える白い建物がシーレというカフェレストランです




ここも岡山あたりからお客様がお見えになります 景色がとてもいいですね


この右手の黄色い建物がイタリアンレストランでここがこのあたりで一番古くできました


ムラージュとかなんとか言うらしいですけれど、みんな覚えられなくてフラジャブラジャ


と覚えていますがムラージュというそうです。





私が反対を向いていますから右とか左とかいっていますが右は海でした。(笑)


ここからは後閑という地区にはいります小さな漁港がありまして漁船が停泊しています


この左手に東児ケ丘マリンヒルズGCまで6キロと看板がでていますが、このゴルフ場は


山の上にあり瀬戸内海の美しい多島美を眺め、自然に囲まれた個性豊かな18コース


と言われています。






ことし5月20日石川遼さんが史上初めて15才8ケ月の最年少でツァー初優勝、


KSBカップを手にし、ハニカミ王子と全国ネットで放送されたのは、このゴルフ場でした。


過去の日本ツァー最年少優勝記録はスペインのセベ バレステロスの20才7ケ月でした。


女子は宮里藍選手が東北高時代18歳でした。私はゴルフあまり知らないん


ですがゴルフ良く行かれて大好きな方いらっしゃいますか? あっいらっしゃいますね


ゴルフのことがわからなくて御免なさいね





右手に山田中学校が見えます中学校へ行くだけの専用道路が一本ついていますね


右手出崎海水浴場と書いているところがあります昔はうちの子がチッチャい時はよく


泳ぎに行きました。今はドック゛ビーチと言いまして4年くらい前から犬専用のビーチ


として入場料を取って営業していますがすごい人気だそうです。



岡山の林原が近くにチンパンジーの研究所をつくつていますから以前は自由に出入り


していたのが一部出入り禁止になっております。




あとでまいります深山公園にもドッグランという犬を自由に遊ばす所ができていますから


犬にとっては天国ですが、猫の好きな方はどうなるんだらうと、時々思いますが・・・


えーと今日は見学コースにはいっていませんが、右手前方に見える工場がナイカイ塩業


児島に野崎邸がございますが、児島の野崎武左衛門さんが塩田王として知られていました


その武左衛門さんがこの山田の地に1841年 天保12年入浜式塩田をつくりました。


今は入浜式の製塩法から電気によるイオン交換膜法海水濃縮という方法で生産され


ています。いまバスが走っている道はかっての入浜式塩田の跡です。


右も左も全部塩田。面積94町歩といわれています。




1993年のナイカイ塩業の記録を見るとせんごう施設の更新によって最大生産能力は


21万トンといわれています。






この間広告にでていましたが、味の素の「味の塩」というのはここで生産された塩です。


昔入り浜塩田で塩をつくっていたころ、浜子さんの浜子歌というのがいまだにこの


山田地区に保存されていて、三味線で歌い継いでいるグループがあります。


こんど玉野芸術フエスティバルというのがこの月開かれますがその浜子歌を披露します


右手に見えますのがナイカイ塩業です。





4月のツアーには工場の見学がコースに入っていますのでその時にはぜひご参加


ください。







山田の寂しい商店街ですが通り抜けて1番札所中蔵寺へまいります



ご紹介がおくれました運転手さんの西村さんです。今日一日よろしくお願いします


ちょっと皆様右のこの道が東児ケ丘マリンヒルズGCのいり口です



さつきゴルフをされる方いかれたことありますか あぁそうですか



景色はいいですよね ここのコースは良いですか?  あぁそうですか



いいスコアが出るんですか はっはっ













森寺さん前方丘と丘に橋が架かっているのがみえますか




2番ホールから3番へそして折り返し7番から8番への通路です



ハニカミ王子で全国的に有名にになった東児ケ丘ゴルフ場は天満屋の子会社丸田興産の


経営で社長は伊原木さんです。














森寺さんここは上山坂右にまわって一番札所の方へいきます












藤原さんこのあたりは玉野市でも一番岡山市に近い東の端になります。



それからお手元に11月5日山陽新聞の記事が入っていると思います



山陽新聞が児島八十八ケ所を尋ねてというこう言う本を出版しています


限定だそうで部数があまり残っていません。若しご希望の方いらっしゃいましたら


予約を承り新聞社から取り寄せます。ここへおいて置きます後でご覧ください










森寺さんでは八十八番の方へ参りたいとおもいます。





この寺はさきほどの中蔵院の宮本住職さんがお守りというか面倒を見ておいでです。


左側手の二階建ての家が通り過ぎたら見えますね明王院八十八番の結願寺です。


お手元に1番から88番までの児島八十八ケ所のチラシが入っているとおもいますが


タクシーで4日間かけてまわってくれるそうです。




バスは山の中を少し走って海岸線にでます。道はうねうねとしています。


はい瀬戸内海が見えてきました左前方に小豆島が見えます



左前方に工場が見えますが北興化学といいまして農薬を製造しています。


皆さん畑で害虫が発生したときオブトランを散布されると思いますがここで


生産されています。






この辺は気候が市内でも特に暖かく一月過ぎには菜の花や春の花が咲乱れる


といった地区です。






正面前方に先ほど藤原さんが説明したナイカイ塩業がみえています。


このぐるっと回った地区は市内でも一二を争う漁獲高の胸上漁港があります。


ここで取れたお魚は今日行きます深山公園の道の駅でも売られています。


今日は残念ながらお休みの日です





この道路から左側は昔海でした。今ビニールの屋根など作業小屋がありますが


海苔の種付けなど最近までしていました。





道路がせまくなります。梶岡というところまで狭いですがちょっと待ってください


正面の山にテレビ塔が見えますが金甲山です貝殻山を結ぶスカイラインは


先ほど上山坂から北方へ右に曲がりましたが、左に進むと行くことができます


車で頂上まで行けますのですばらしい眺望を楽しみにまたお越し下さい


再びナイカイ塩業の入浜式塩田跡にきました





塩は人類にとって欠かせない食べ物。古くは塩を通貨の代わりにしていました


だからサラリーといいます。玉野市沖の喜兵ェ島では、シラク式土器で海水を


煮詰めて塩をつくつていた遺跡が発見されています。




五世紀ごろのことです






慶長検地帳には市内には玉と渋川そして沼に揚浜塩田があったらしい


天保年間に入浜式製塩法がはじまり、入浜塩田つくりの名手といわれた


野崎武左衛門などの活躍で塩田の面積は大膨張しました。



入浜式というのは広い塩田に黒い砂をまいて海水をかけ太陽で水分を


蒸発さして濃い鹹水をとります。かんすいといいますがこれをせんごうといって


煮詰めて塩をつくるという方法で、徳川時代から戦後までつづきました


その後枝条架流下式製塩法という立体的にした塩水の流れを太陽と


風の力を借りて鹹水を効率よくつくる方法が一時期盛んになった。



今は今朝も藤原さんが説明したイオン交換膜法という工場の中で衛生的に


生産されています。






長野県という所は塩が貴重でして、富山の直江津のほうには塩の道という


のがあります。戸隠地方にいくとしきりに塩の道というので何のことかと


最初はおもいました。






塩は勿論おうちでもお使いになりますが、大相撲で力士が撒く塩はここで


生産された塩だそうです。






この峠はこの辺りでは鳥打だおといいます。だおというのはタワがなまった


のでしょうが山の鞍部いわゆる峠のことです





鳥打だおを越えて山田中学校を左に見てますが、正面に田井新港がみえます


船が着いているのがわかりますか






水深12メートル3万トンの船舶が繋留できます。




向こうにうっすらと見えるのは四国です。朝は五剣山がみえていたんですがネ


玉野と四国は一番近いところで9キロくらい大槌島からいうと直ぐ近いんですが


大槌島は島の真ん中に県境があります。石島もそうです。



北が岡山県玉野で石島。南が香川県直島で井島です。




岡山県がわは民家もあり井戸水道がありますが香川県側は砂浜と山だけ


逆ですよね






郵便や新聞は胸上から船で行きます





私は元NTTに勤めていまして、故障の申告があると胸上からチャーター船


でよく石島へ行ったものです






大藪のみかん山がみえます小高い丘みなミカン山です




後ろになりましたが鉄塔の上にレーダーがありますあれは何かと言いますと


密漁とか変な船が来るので監視しています





左側に磯があります私がちいさいころは潮干狩にきていました



あさりやしゃこをとりました






最近も来て見たんですがあまり取れないですね




私はちっちやいのは置いて帰りますが、都会からおいでになった人たちは


根こそぎ持ち帰りますからだんだん少なくなってしまいました



しかし探せば貝はおります お暇があったらきてみてくださいいくらかは


採れます







このあたり新しいお家が立ち並んでいますが、最近海を埋め立てた新開地


です。野の浜といいます






この団地を過ぎたころ右の山道を登ると十禅寺山です春は桜が綺麗で


頂上からの眺めは鷲羽山に匹敵します





車で九合目まであがれます






左に曲がって新田井港の方へ行きます













藤原さん新田井港と言いますが、新ではなくてもう20年になります




国と県が物流港としてつくったのですが、思ったほど船が入っていません


これから参ります漁業栽培センターの前に玉野競輪場があります



玉野競輪は割りと有名ですが、此処から揚がる寺銭は市の財源になって


いまして、今から40年くらい前は18億ほどありました。




今は十分の一の2億か1億位に激減しました。





このあたりの海ではわたり蟹がよくあがります。





わたり蟹の稚魚がガザミというのですが、漁業栽培センターで技師の


方からくわしくガザミのご説明があるはずです













森寺さん右手前方に山が削られ岩の壁が露出しているのが見えます



バスが左折しますから一瞬ですがみえましたか




大阪城の石垣にする石を採った跡です





あの辺の地名が前丁場・先丁場といいます。丁場とは皆様もご存知の様に


石切り場のことです。






明治の初めごろまで阿波の蜂須賀家の紋章の刻まれた石がいくらか残って


いたそうです。






平成元年以前はあのあたりまで海でしたから、きっと石を筏に積んだり


吊り下げたりして、大阪まで運んだのでしょう。





私は子供をつれてきて泳いだものです。





海水浴場ではありませんが当時は砂浜があれば自由に泳げたものです


昭和の終わりごろから瀬戸大橋の工事で出た残土で、新田井港をつくるため


一帯を埋立てました。今、工場や倉庫が立ち並んでいますが全て遠浅の海を


埋めたものです。半分くらいは海を掘って土砂を噴き上げて埋めましたから


土地が沈下して建物が狂ったりした所もあったようです。、



右はみなと公園です池が見えますが、干満で海水が自由に出入りしています


一年に一度位海水を抜いてごみを清掃しますが、魚が採れたという話もあります










藤原さん今左手に見える島は牛ケ首島です。 直ぐ目の前に見えますがこれが


香川県なんです。






明治の終わりごろ大きな石を見つけまして、日蓮上人の涅槃像を


刻む計画がもちあがりました






東郷元帥、上村海軍大将など日蓮宗の熱心な信者が募金や勤労奉仕など


大変な盛り上がりで、






戦後まで松下の石屋のおじいさんがただ一人でノミをふるっていましたが


残念なことに資金が続かず、未完成のままです。昭和30年ごろまで


宇野線で四国に渡る信者が汽車の中から手を合わせる姿がみられました


このあたりは海が湾入してまして海水浴場でした。いま埋立てて競輪場


の駐車場になってしまいました。






この先の競輪場と公園のさきに小さいですが海水浴場が残っています


この向かいのオレンジ色の建物は日本赤十字玉野病院ですネ











森寺さんこれから行きます玉野漁業栽培センターは昭和41年ごろ出来まして



そのころは日本栽培漁業協会玉野事業所という名前でした



平成15年から独立行政法人水産総合研究センター玉野栽培事業所


という名前になりました






いまここでやっているのはガザミといいまして蟹の中でこれから旬になる


松葉蟹とかズワイ蟹がありますが、ここのガザミというのは菱形の甲羅


をした蟹です。卵から孵化さして育てたり最初は400万匹ほど今では


1500万匹ほど稚魚にそだて 瀬戸内海一帯に放流しています。











森寺さん右に見えますのが今朝藤原さんが説明した加計学園が経営する玉野


総合医療専門学校です






それから今通っている道路には戦時中に引き込み線が敷かれ先ほどの


栽培センターから競輪場にかけて軍の弾薬貯蔵庫がありました



三井造船に修理に入った駆逐艦に補給したり、高辺の山の高射砲陣地


の弾薬を貯蔵していたとおもいます。





私が子供のころその引込み線をSLが走っているのをみました。



藤原さんも説明されましたが、工場と街の間は全て線路でSLがいったり


きたり貨車を切り離したりと忙しく立ち働いていました




加藤製油の工場の中にも引込み線がはいっていました。




加藤製油には冷却水を再利用した無料のお風呂がありまして従業員の


方は勿論私は小学生でしたがよく来ていました。




丁度昭和23年から29年頃です。加藤製油ではどろどろの石鹸もつくって


いましたから、いろいろと良い事もありました。





お客様の中に同じ年代の方もいらっしゃるようですから、そのころの



気分はご理解がいただけるとおもいます。





右に宇野駅が見えます改築前の宇野駅は皆さんご承知とおもいますが


50メートルほど高松寄りにありました





連絡船はこの先にコンクリートの塊が見えますがあすこから南に繋留していました


コンクリートの上に突起物がありますがそれに繋留ロープをかけていました










藤原さん左手に倉庫の様に見えますが、駅東創庫といいまして若いアーチィストが


十人ほど集まりまして新しい玉野の芸術の拠点ができています。



ここでは染色とかガラス工芸とかの体験もできます




作品の即売もしていますのでご興味のある方はお帰りの際立ち寄って


見られたらいかがでしょう。






これから三井造船の進水式にいきますが皆様お手元に進水式のチラシ


がはいっています






バラ積貨物船総トン数は31,500とんですがまだ名前がついていません


船名は進水する直前に船主さんが命名します





バラ積貨物船というのは鉄鉱石 石炭 穀物 など包装をしないで船に


大量にバラにつんで輸送する船のことです。





皆様はお砂糖をビニール袋に包装した状態で購入されますが、



砂糖を輸入する時はバラ積みして掃除機のように吸い上げて荷役したり


大きなバケツでつまみあげ、ブルトーザーでかき集めたりして荷役します


私もこの進水式に行くようになってから教えてもらいました。



お手元に支綱と書いた色刷りのパンフレットが入っていると思います



そこに書いていますが、支綱とは陸上で組み立てられた船が始めて



海に浮かぶときの支え綱とあります






この支綱を船主のゆかりの女性の方奥様とかお嬢様が銀の斧でエイヤと


と断ち切ると船首のシャンパーンが割れてするすると船は船台から海に


浮かぶのです






人でいえばへその緒に当たる綱を三井造船から頂いて(引く手あまた


で沢山頂けませんが)玉野観光協会はお土産として売ることになりました。


ペンダントとかお守りとして玉姫神社でご祈祷していただきました



安産・家内安全・商売繁盛・病気平癒などおかげがございます



10月30日から売り出しましたがあっという間に在庫がなくなり今



予約を受付ているところです






三井造船へは今日は玉橋門からはいります





この門の反対側に三井造船生活協同組合がございまして、そこが



進水式当日には玉橋門の前にいつもテントを張って商魂逞しくおみやげ


を売っておられます。そこに支綱のお土産がすこしはあるかと思います


亀が長寿ということで、玉野のNPOの団体がやっておりますトンボ玉教室


にガラスで亀を作っていただき、支綱にとおしてとってもかわいい亀さんの


お守りができています。 これが1500円で売っています




亀さんのつか無い支綱だけが300円です。





それから生協さんがこのたび発売された進水式せんべいがピーナッツ味と


胡麻味となにか3種類ありました。二枚が8組はいって390円でしたか


昨日たべたらおいしかったです。














藤原さん右側に先ほど進水した船がタグボートの助けで艤装岸壁へ移動しています


このあたりの海岸を藤井海岸と申します





今年と去年はなかったのですが花火大会でにぎわうところです



四五年前から漁業組合に三拝九拝してお願いして来たのですが、魚が


花火の光と音で逃げてしまうとおっしゃつて判が頂けません



一晩もすれば帰ってくるんじゃないかと思んですけど、今年も漁協と



折り合いがつかず、実現出来ませんでした。





さっき行きました山田の塩田跡でやろうという話もあったんですが、



あれを整備するのが大変なのと道が一本しかありませんので断念いたしました。


玉野の花火は船から尺玉を打ち上げるというので岡山や倉敷・水島あたり


からも大勢見物にいらして評判がよかったのですが、致し方ありません


右側に下水道処理場があります。玉野の下水道普及率は81.4%で



岡山県下で市制をしいてる町の中では、トップでございます。



このあたり一帯は2004年16号台風で1メートルくらい冠水しました



両備バスさんもここから離れた築港に車庫がありまして、四十数台が廃車


になり、他の営業所の応援では足らず、中鉄バスさんからも車が来ていました


このあたりは私が当地へ来たころは支条架流下式の塩田でした



その塩田跡を埋め立てて市役所・警察署・スーパーストア・民家が立ち並び


現在は市内一の繁華な区域となりました。





これからお食事にまいります よし将と申しまして、お魚料理の美味しい処


です。 今日漁業栽培センターで見た魚ではないとおもいますが



楽んで頂けたらうれしいです。














森寺さんこの玉姫神社が始めて記録に現れるのは平安時代の終わりごろ



延喜式式外社として庄内の早滝神社とここの玉比咩神社が見えています


このあたりは室町時代の終わり頃1500年ごろ嘉陽氏があのこんもりとした


丘、城山に城を築き支配していました。





余談ですが、市内日比には四宮城に四宮氏が城主として支配していました。


そのご子孫は今も市内に住んでおられます。





このトンネルは昭和38年に宇野と玉とを結ぶ海岸道路のバイパスとして


つくられましたが、玉野商業高校へ通う生徒の歩道自転車道拡張工事で


トンネルを1.5倍に広げる工事が今年から始まっています。











藤原さん今通過しました小川に沿って左に上流に向うと鳴滝という場所があります


星島さんの別荘がありまして、竹下夢二がここに遊んだとき書いた絵が


残っています。






別荘鳴滝園の持ち主は転々と変わり、昔はレストランや茶室があり



個室でお食事など出来ました。






またゴルフ場の池からの滝が流れ笹舟を浮かべて子供たちと遊ぶのに


よかったのですが、今は展示会をしたり、普段はつかっていません。



今からイギリス庭園へ参ります。






イギリス庭園と申しますのは、市制60周年を記念して、造園されました。


園内に15万本の樹があります。イギリスの造園家ピーターサ-マンさん


が玉野に3ケ月間ほど滞在され、気候風土を調査研究されまして、デザイン


されました。






何度か行かれた方もいらっしゃると思いますが、当時の市長は市民から


あんなものに大金を使ってと大変悪く言われました。




しかし今では8年たちまして園内の樹もおおきくなって、お花の季節には


おいでになった人たちはその美しさに満足されます。




よかったよかったとおっしゃるのですが、夏の暑い時に来られた方は



ちょつとも良くなかったと評判が悪くて困っています。




当初入園料は400円でしたが、高いといわれ数年経って200円に値下げ


したところどっと入園者が増えました。





深山イギリス庭園には農水産物など直売しているみどりの館や道の駅が


隣接していまして、いつもは大変にぎわっていますが今日はお休みの日


で農水産直売がおやすみです。野菜おさかなお花など新鮮でお安く売って


います。







深山公園は面積が200ヘクタール、各種広場や池は33ヘクタールありまして


市民一人当たりの公園面積は全国3位くらいにランクされています。



遊歩道は全長やく20Km オリエンテーリングコースやドッグランという犬を


遊ばすひろばがあり、料金は500円です。今朝説明しました出崎のドッグビーチ


とあいまって、玉野市はワンちゃんの天国です。




ここは大変な賑わいで、休日に行きますと駐車場はいっぱい。



なにしろ入場料も駐車場も無料なもんですから、親子連れで一日遊べる


というので、岡山県下でも観光客数が多いので有名です。



イギリス庭園では時間がゆっくり取っています中に入りましたら、そこの


緑化協会の管理者の方からご説明があります。




右に見える建物は玉野青少年スポーツセンターです。




県下の青少年達が合宿にきたり、水泳、テニス、ランニングなどスポーツ


を楽しむことができます。






左手に焼け跡がまだ残っているとおもいますが、3日間くらい燃えました


テニスコートの直ぐそばまできまして、市民は大変心配しました。



原因はタバコのポイ捨てですね。道路わきにもスイガラが目に付きますが


今日のお客様の中で、吸殻いれ持参の方がいらっしゃいます。


本当にありがとう存じます 






皆さんが気をつけてくださればよろしいのですが・・・・・。




左は打ちっぱなしのゴルフ場でしたが、お客様が少なくなったのでしょう


このたび宅地にして、23区画で住宅として売り出すそうです。



左の山の中に見える建物は岡南病院と申しまして、痴呆の進んだ方、


精神病の方が入られる病院です。






イギリス庭園はもう何回も行ったから、もういいわという方がいらっしたら


赤松池に白鳥や鴨がいてえ付けなどしているかも知れません。(笑)


歩きたい方がおられたら遊歩道を森寺さんがご案内してくださるそうです。


左折してすぐ右手に花時計があります。





長いこと予算がないと言うので、止まっていましたが最近ライオンズクラブ


の手で修理され、今動いています。





その右手の建物がミドリの館と道の駅です。





休日には大変にぎわっております。





左手がイギリス庭園です。充分お時間をとっておりますのでごゆっくり


お楽しみください。














森寺さん先ほど、4名ほどで赤松池の周りを散歩したら、30分かかりませんでした。


餌つけしてました。白鳥が4,5羽。鴨は数百羽かわいいですネ



結構アルハーハー言うんですかね要するに森林浴をしてきました。



1時間歩こうと思ったら、コースを変えて、中池ゃタイズ池のあたりまで


いくと、薬草園や桃園などもあります。





春先になったら、先ほども藤原さんが言いましたが、ワラビが沢山でます


それを採りに大勢山に入ってタバコをピッとしたのが、山火事になります。


それが玉野の山火事の原因で一番多いです。




去年の4月もそれです。3日ほど焼けました。





これには大変困っています。






みどりの館は道の駅深山公園として全国的にものっています。



今日はお休みですが生産者が直接販売していますので、



値段はともかく、新鮮なことは確かです。





午前中に通りました胸上の魚も持ってきています。なぜか



北海道の魚も持ってきています。 (笑)





特にここで有名なのが焼きあなご。名物になりつつあります。



むらさき芋やワインなどここでしか売っていないものもあります。



これから、三冷工業へまいります。






ここでは、遠洋漁業などの船で使用する大型冷凍機を製造



しています。






社長から説明して頂けるはずです。













大前さん交代してここからは私がご案内します。





お疲れと思いますが、あと 1ケ所ご見学が残っています。




運転手さんそこを右 じゃあない左に曲がってください




すみません






田井新港の岸壁にでました。






釣りをしている人が大勢いますが、なにが釣れるのでしょうか



ままかりが釣れているという情報もあります





ままかりは焼いて酢醤油に浸けると大変美味しくて、ご飯が足りなくなり


隣へ借りに行くところから、ママカリと名付けられました。




右をご覧くださいコンクリートのビルディングが4個もあります



ケーソンといいまして、高さ12.6m幅10.7m重さ600トン一基1,500万円いたします


海上クレーンで吊り下げて宇野港へ運び





海に沈めて防波堤の基礎にいたします。





港の海の上に出てる構造物の下にはその数倍のこのような構造物が


それを支えているとご理解ください。





今朝皆さんが出発された産業振興ビルの前あたりが、20年まえまで高松


ゆき連絡船が出ていた場所です。






 宇野線が出来、連絡船が高松連絡便を開業したのは明43年でした


連絡船は爾来78年間に2億5千万人を運んだといいます。



1988年昭和63年4月9日最後の連絡船が宇野港を出港しました。



長~い汽笛を鳴らしながら、多くの人々に見送られ高松へ向かいました。


それっきり彼女は帰ってはきませんでした。





シエーン カンバック !  






このギャグは70代以上のあの映画を観た人にしか通じないかも知れません


失礼しました






翌日4月10日瀬戸大橋が開通し、宇野港から人影が消えました。



宇野線も昨日までの新型車両がレトロ車両に変わり、お客様がぱらぱら


50人ほど降りてこられました。場末の駅のうらぶれた光景です。


宇野港はピンチです。






それから20年私どもはピンチをチャンスに変えました。




連絡船跡地を再開発して昨年全長280m 水深-10mの大型客船の専用


バースが完成しました。






ここには完成以来アメリカのクルーズ船や日本のふじ丸などつぎつぎと


入港しました。






今月1日にスピリット・オブ・オシアニユス4,200トンが入港しました。



お客様が110名乗組員74名玉野市観光協会では桃太郎の英文の絵本


と吉備団子を配って歓迎をいたしました・





この船は今月あと13.15.25と来月5日に立て続けに入港します。



これからご案内するフエリーターミナルも平成14年に完成しました。



ここからは高松・直島・豊島・小豆島にフエリーが一日129回も出港しています。


中でも高松へは一日24時間87回、18分に1隻の割合で出港します。


JR宇野線が一日25回、児島駅から岡山行きが特急快速普通で合計


86回に比べればその利便性がご理解頂けると思います。



その上瀬戸大橋はつり橋ですよね






大風が吹くとストップします。足止めされたJRのお客様は茶屋町から宇野線


で宇野駅へフエリーで四国へ渡られます。





宇野・高松間のフエリーは瀬戸大橋のバイパスとしても活躍しています。


このことを是非覚えてくださったら有難いと思います。













今左手に入港しつつあるフエリーは四国汽船㈱のフエリー「あさひ」です。


直島三菱精錬所とアートの島として名高い直島宇野間を海上20分で結んで


います。運賃280円是非一度は行ってみたい島です。




総トン数993トン   乗用車60台と乗客450人を同時に運びます。